東京外国語大学ロシアサークルЛЮБОВЬ(リュボーフィ)のブログ

「未知なる魅惑の国」であるロシアならではの文化から、留学や旅行のこと、東京外国語大学でのキャンパスライフのことまで。このブログでは、東京外国語大学のロシアが大好きな学生たちが様々なテーマに沿って日替わりで記事を書いていきます。ЛЮБОВЬ(リュボーフィ)とは、ロシア語で「愛」を意味します。

センター試験のその先に

Привет!(プリヴィエート/やあ!)

こんにちは、トモヒトです!

 

今回は大受験体験記ということですが、僕はセンター試験と前期二次試験を受けて外大に入学した凡庸な受験体験者です。推薦入学者や編入入学者を前にすると、その卓抜した行動力と個性に自らを比して、自省を止められなくなります(笑)

思い出話なので少し冗長になってしまった嫌いがあるのですが、こんな“the 凡庸”の受験体験記を、どうぞご笑覧頂ければ幸いです。

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 東京の中高一貫校出身で、中学入学から高校卒業までずっと、特進クラスで勉強していました。進学実績は、毎年、東大・医学部合格者が10人くらい、その他国立大・早慶上智合格者が何十人、MARCH合格者が何百人出るくらいです。トップクラスの進学校には届かない高校でした。

卓球部に所属しており、部長を務めていました。当時の卓球界におけるトップランカーだった水谷隼丹羽孝希などに憧れながらも、うだつは全くあがらないプレーヤーでした(笑)

 

東大志望でした。次のことは言及する価値があると思うので言いますが、ざっくり言って、所属していた特進クラスの4分の1は東大志望、4分の1は一橋大志望、残りの2分の1は早慶志望でした。今から振り返れば、箱庭に生きていたのだなあ、と多少の苦々しさをもって追懐しますが、学校、友達、先生方には、自分のことを愛し培ってくれたことへの感謝の気持ちでいっぱいです。その後東大志望は諦め、志望変更することになります。

 

選択した科目は

中学受験の段階では算数が得意科目でしたが、中学以降は数学が苦手科目となってしまい、高校二年次における文系選択は、興味対象からいっても必至でした。理系科目から逃げたければ私大を選べばよかったのですが、どうしても国立大志望の旗印を塗り替えるつもりは起こらなかったので、数学と理科系科目は勉強を続けていました。

 

センター試験対策としては、授業で配布されるセンター試験を模した練習模試を何回も繰り返し解いて、時間配分、出題形式、苦手分野を徹底的に調べ上げていきました。理科系科目に関しては、東大受験を想定した場合でもセンター試験でしか用いなかったため、特別な参考書は買わずに教科書のみで対応していました(いかにも文系らしいですが、生物と地学を選択していました)。教科書の重要性は、歴史科目にもあてはまると思います。多くの高校生は山川出版社の教科書を使用していると思いますが、教科書の内容を完璧に理解すれば、センター試験で満点が狙えると思います。世界史を選択していましたが、二次試験の記述式問題の解答に際しても、細かな知識の暗記よりも教科書の内容の俯瞰的な把握がより役に立ったと感じます。

 

使っていた参考書

一番嫌いだった数学から申し上げますと、『Focus Gold』というどす黒く分厚い受験生ご用達の参考書があって皆が使っていたので、そちらの網羅を目標としていました。網羅できませんでした。ワンランク下がって、センター試験レベルの参考書として『チェック&リピート』を愛用していましたが、そちらも完全網羅に至りませんでした。これが、センター数学ⅡAで50点台をたたき出した男の云われです(笑)

 

英語に関しては強力にお勧めしたいものがあって、鉄緑会出版の『鉄壁』という単語帳です。これはお世辞でなく優秀な単語帳で、接頭辞などの単語の一部分について、元来の意味をイラストで説明し、その接頭辞に紐づいた単語を列挙して芋づる式に暗記させる形式を採っています。『鉄壁』に出てきたイラストは、受験から二年以上経った今でも脳裡に焼き付いています。もちろん、文法解説書の『Next Stage』も擦り切れるほど読みこなしました。

 

歴史に関しては教科書の読み込みが大切だと前述しましたが、山川出版の『世界史用語集』も持ち歩いていました。教科書の記述の行間を読むにあたって、情報を補完してくれる用語集の存在は大きかったです。これは受験期にだけ役立つのではありません、大学生になった今でも度々レポートなどに引用しています。一家に一冊、教養本として置いておいて全くおかしくないと思います。

 

俺の受験Story

長たらしい能書きはこれくらいにして、外大入学までの経緯を面白おかしく綴っていきたいと思います。

 

高一くらいになった頃から、極めて付和雷同的な性格をしていた自分は、なんとなーく東大に志望を決めました。しかしながら、ティーンエイジャーらしい一点張りの情熱は秘めていたのであり、東大の文化祭(五月祭)に行ってみたり、予備校に通ってみたり、自分なりの努力は重ねていました。

 

高校二年の段階から、駿台予備校に通い始めました。苦手だった数学と、得意だった英語です。今振り返って思いますが、恥ずかしげもなく親に大金を払わせておいて、予備校を最大限利用しようと努めることはしていなかったように思います。小学校以来会っていなかった女の子(美少女)と同じクラスになったことに有頂天になったり、ろくに予習もせずに授業に臨んだりと、恥の多い予備校生活を送っていました。結局、受験直前の秋頃に、予備校は辞めてしまいました。

 

高校の授業で面白かったな、と回顧するのは、国語の授業です。東大の国語では読解の緻密さがかなり求められる問題設定が為されていますが、担当だった国語の先生は、「言葉を味わえ」というポリシーをもって、東大志望をはじめとする我々生徒に向き合ってくれました。森鴎外の『舞姫』や夏目漱石の『こゝろ』などを禿げあがるほど読み込み、志を同じくする学友とともに論議し、言葉足らずな高校生なりに考察を交えてレポートをつくりました。また、サマセット・モームの『月と六ペンス』を題材に、他高校の学生らとともに意見を交わし合ったことも思い出深いです。言葉に対するそうした鋭敏さは、その担当教師のもとで過ごした受験生活を通じ、その後の全生涯に利する形で、涵養されたと思います。

磨かれたリテラシーというのは、受験勉強全般にわたって重要です。特に東大をはじめとする国立大の二次試験では、国語に加えて英語や社会系科目でも高度な記述式の解答が要求されるため、文章作成能力の養成が、知識の暗記と並行して求められます。まあ、学習とは突き詰めれば、文章と向き合うことに尽きるのだと思います(笑)

 

国語や英語はとても好きだったのですが、数学は全くやる気が起きなかったため、二次試験は疎かセンター試験レベルにも苦戦するレベルでした。国立大を受験するには全科目が弱点なく完成されている必要があるので、モチベーションに凹凸がある僕は、国立大受験には比較的向いていなかったと言えるでしょう(言い訳)。結局、東大受験にはセンター試験において9割以上の得点が必要と言われるのにも関わらず、8割程度の得点に留まり、その後に控える二次試験に対する不安もあり、一次試験後に志望校の変更を余儀なくされました。

多くの国立大受験生は、「センターリサーチ」と呼ばれるセンター試験の自己採点結果をもとに任意の大学への合格可能性を分析するサービスを利用することになりますが、それ以前の模試判定結果に違わず、東大の合格可能性は「E」でした。確か一橋は「D」で、千葉大が「B」でした。

 

担任の先生(英語教師でした)には一橋の受験も勧められたのですが、一橋の数学の難しさは文系学生の間では有名で、どうしてもリスクを背負う覚悟が決まりませんでした。地方旧帝大への入学は、金銭面の理由から親の許しを得られませんでした。浪人する気はなかったため、絶対に志望変更を失敗できませんでした。結局、千葉大の法政経学部を受験することに決め、赤本も購入したのです。今でも覚えているのは、職員室に行き、志望先を千葉大に変更すると伝えたときの先生方の少し俯き加減の顔です。

 

外語大に志望先を変更したのは、なにも特別なきっかけがあった訳ではありません。センターリサーチの結果を見返してみた時、たまたま外語大もリサーチにかけていたのですが、判定が「A」だったことが理由でした。外語大は英語偏重の大学で、満点のうち5割以上が英語に配分されています。数学の配分比率が極端に低いことも特徴で、たまに「私立」と揶揄されたりもします。センター英語を満点近く得点していた僕には、十分合格の可能性があったのです。本番間近になって決めた外語大の受験に対しては、自分でも驚くほど、並々ならぬモチベーションと緊張感をもって一か月間準備することができたように思います。

 

外大の世界史は東大のそれと似ています。課題文献が与えられ、記述形式で問いに答えていくスタイルです。ですので、東大対策を重ねてきた自分にとっては難しいことはありませんでした。一問一答のブロックは、完答が大前提ですよ、受験生の皆さん。

曲者は、英語です。はっきり言って、外大の英語は日本一難しいのではないでしょうか(個人的に、早稲田の国際教養学部の英語だけは、同じくらいかそれ以上に厳しい試験だと思います。合格された方、本当に尊敬します)。それは、時間制限の厳しさと、リスニングおよび英作文の重厚さに見て取れます。外大受験が決まってから本番までの一か月で過去10年分の過去問を解きましたが、時間に余裕をもって英語試験を解き終えられた例は一度としてありませんでした。リスニングも得意だった訳ではないので、外大受験用に鍛錬しました。

 

外大の英語ではまず、自分なりの時間配分と解く順番を見つけることが必要です。リスニングの音声が流れ出すのが(確か)試験開始後30分後だったと思いますが、それまでに何を解いて、何を残すのか、そして英作文にどれだけの時間をかけられるのか、というバランス感覚が体に染みつくまで過去問を解きまくりましょう。そして、失点は基本、記述回答のブロックと英作文だけだと想定して臨みましょう。採点が帰ってきたわけではないですが、僕の場合、どこかの塾が出した回答速報を見たら、その二つのブロック以外での失点はなかったと記憶しています。外大は英語で失点したら終わりなので、緊張感をもって対策をした方がいいです。

 

国立大学の二次試験までの間にはすべり止め校の受験をこなしました。受けたのは、法政大の法学部、明治大の政治経済学部、早稲田大の政経学部社会学部・国際教養学部慶應大の法学部・総合政策学部でした。受かったのは前二者のみで、早慶は全滅しました。私大対策はほとんどやっていなかったです。

 

人生の一つのクライマックスは自分の目で見届けたいという思いから、外大の合格発表はキャンパス内の掲示で確認しました。自分の受験番号を発見したときは茫然自失といった感じで、不思議な感覚でした。受験期に積み重ねた努力は、今でもキラキラと輝いて胸の内に息づいています。

 


 

長々とらしくもない思い出話をしてしまいましたが、僕の受験生活は、こんな感じで幕を閉じました。そういえば先日、父の勤め先のお客さんの娘さんが外大受験を考えているということで、受験期に使っていた赤本10年分をその娘に譲りました。この記事が、外大受験を考えている読者の皆さんにとってその赤本みたいな存在になれば嬉しいです。頑張ってください。

 

 

文責:トモヒト

 

 

*今日のロシア語*

экзамен(エグザーメン)

 意味:受験、試験

усилие(ウシーリエ)

 意味:努力