東京外国語大学ロシアサークルЛЮБОВЬ(リュボーフィ)のブログ

「未知なる魅惑の国」であるロシアならではの文化から、留学や旅行のこと、東京外国語大学でのキャンパスライフのことまで。このブログでは、東京外国語大学のロシアが大好きな学生たちが様々なテーマに沿って日替わりで記事を書いていきます。ЛЮБОВЬ(リュボーフィ)とは、ロシア語で「愛」を意味します。

現代とは全然違う!19世紀ロシアの離婚制度

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こんにちは。ももです。最近、さすがにロシア文学を読んだことがなさすぎると気づいて、薄い本から読み始めています。今はトゥルゲーネフの『初恋』を読んでいるのですが、読み始めてもう一週間、まだ半分にも達していません(笑)。

 

今月は、コンツェルトさんとの合同企画ということで、戯曲『生ける屍』についての記事を書いていきたいと思います。

まずはみなさん、『生ける屍』のあらすじを読んでみてください。↓

 

≪あらすじ≫

“放蕩を繰り返し身を持ち崩すフェージャ、そんな夫の帰りを待つリーザ、リーザを密かに想うカレーニン

フェージャはそんな彼の想いを知っていて、自分が彼らの邪魔になるまいとますます放蕩に明け暮れる。

一方でカレーニンはリーザとの結婚を望みフェージャとリーザの離婚手続きに奔走するが、フェージャとの友情の間で葛藤する。

当時のロシアでは離婚は困難なことだった。彼らが結婚することを望むフェージャは、夫である自分が死んだことを偽装しリーザを未亡人にすることで彼らを結婚させようとするが・・・”

 -ロシア語劇団コンツェルトのホームページより

 

あらすじを読むと、フェージャめんどくさい奴だなあとか、リーザは結局どっちが好きなの?といったことがいろいろ気になりますが、それは本編を見てのお楽しみということで・・・。

今日は、「当時のロシアでは離婚は困難なことだった」という文に注目して、当時離婚することがどのくらい難しかったのかを考えてみたいと思います。

 

この問題を考えるにあたり、17世紀から20世紀初頭までのロシア帝国時代、主な私法の根拠となった『民法集成』を参考にしています。

 

結婚制度の伝統と変遷

中世ロシア(9世紀から16世紀ごろまで)では親同士が子どもの婚約を決めることが少なくなかったそうです。それが変わったのが18世紀でした。ピョートル大帝が西欧化政策の一環として、「婚約をして6週間以内に結婚式を挙げよ」という勅令を出し、許嫁方式を廃止したのです。また、この時に婚約破棄の自由も認められました。

※ちなみに西欧では、婚姻は宗教的儀礼でありつつも婚姻関係の締結は当事者間の合意に基づいて行われていました。16世紀ごろからプロテスタント主義の影響で、婚姻を民事的な契約であるとする考えが強くなっていったそうです。

さらに、18世紀後半、エカチェリーナ2世が出した勅令でも、理知的な愛情に基づく夫婦のかたちが定められています。このようにして、ロシアでも婚姻が当人たちの自由意思に基づくものへと変わっていきました。

 

極めて厳しい条件に置かれた離婚制度

しかし結婚が有効なものであると認められるには、双方の意思のほかに正教会の承認、つまり教会での婚姻儀礼が必要でした。当時のロシアでは教会が戸籍管理をしていて、信者の生没や婚姻の登録、離婚の審判を行っていたからです。

教会での儀礼を経て結婚が成立するという考えはそれ以前からありましたが、実際にきちんと制度として整備されていったのは18世紀後半から19世紀にかけてでした。特に離婚については時代によって実態が異なっていたようです。16~17世紀においては、婚姻を解消する理由が見当たらない場合でも、夫婦の合意があれば離婚が認められていました。比較的簡単に離婚が成立したようですね。まあ、現代の私たちからすれば当たり前に感じるのですが・・・。しかし1850年に確定された教会裁判所の規定では、

1.他方配偶者の姦通、

2.他方配偶者の婚姻生活の不能

3.他方配偶者が身分の剥奪をともなう刑罰を受けたとき、

4.他方配偶者が行方不明のとき

といった状況でしか離婚が認められないようになりました。また、当人たちの合意のみでは離婚することができず、必ず裁判を行わなければなりませんでした。

このように厳しい条件が敷かれた背景には、“19世紀前半になって教会制度の整備が進んで正教会が信徒の婚姻統制に自信を深めたこと、そしてウィーン体制下のロシアというこの時代特有の事情によって増幅された正教会の宗教的な純化志向があった”とされています。教義上離婚が許されないカトリックでは代替措置として別居の制度がありましたが、正教会はこのような措置を持っていませんでした。

 

社会の変化とそれに伴う法律の変化、しかし・・・。

1861年、ロシアに農奴解放令が出されました。農奴解放とは、移動の自由がなく、領主である貴族に従属していた農民が、身分的には自由になったことです。土地を買い取るためにそのまま領主に従属せざるを得なかった者もいますが、村を離れて都市の労働者になる者もいました。こうしてロシア社会に大きな変化が起こり、同時に家庭内の問題(児童虐待、同性愛、家庭内暴力など)が顕在化していきました。それらを解決するため家族法改革が行われました。これによって婚姻・離婚制度がどうなったか見ていきましょう。

 

〇 結婚制度

民共通(どの宗教を信じる人にも適用される)の規定は一つにまとめられ、細かい制約は各宗派、例えば正教徒、ユダヤ教カトリックムスリムなどでそれぞれ異なっています。例えば、重婚の禁止はキリスト教徒にのみ適用され、ムスリムには適用されない、正教徒とカトリックキリスト教徒以外との婚姻が認められないがプロテスタントムスリムユダヤ教徒との結婚が認められるなど。このように、信仰による婚姻の制約がある一方、身分の相違は婚姻の妨げにはなりませんでした。

 

〇 別居制度・離婚制度

前述したように、当時問題となっていた家庭内暴力の解決法として夫婦の別居が合法化されました。しかし、別居も夫婦の合意だけでは成立せず、民事裁判所で「配偶者または子に対する残虐な扱い」等が証明されなければいけませんでした。それに伴い、離婚に関する法律にもいくつか変更が加えられました。新たな離婚の条件のひとつに「配偶者の生命もしくは健康に危険を及ぼすような残虐な扱い」があったことからも、当時のロシアで家庭内暴力の問題が深刻だったことがうかがえます。こうして19世紀後半から20世紀にかけて離婚の条件が少し拡大されましたが、裁判が必須だったこと、姦通や暴力の証明が容易ではなかったことから、離婚するのはかなり困難だったようです。実際に1913年の正教徒の離婚件数は9850万人あたり3791件(0.0038%)ととても低かったというデータもあります。(現在のロシアではおよそ47%)。このように、離婚を無理やり押さえつけた結果、私生児が増え、多くの子が劣悪な環境で死亡してしまうという社会問題も発生していました。

 

誰が為の救済策か−再婚

再婚に関して正教では、80歳未満ならば三度までは結婚が許されるとしています。また再婚に関して、1867~1877年のロシア全体で、初婚者同士の結婚が全結婚数の約76%を占めていたというデータがあります。これはつまり、全体の24%はどちらかが再婚者であることを示しています。意外と多いように感じませんか?

このことから、おそらく当時のロシアでは、配偶者が死んでしまった時などに再婚することはそれほど困難ではなかったけれども、互いが健全であるのに夫婦間の不仲などを理由に離婚することは極めて難しかったのではないでしょうか。

 

 

以上、今回は、当時の社会でどのくらい離婚が難しかったのかについて考えてみました。個人的に現代との価値観の違いは物語を読んでいて気になっていた部分だったので、詳しく知れてよかったです。ロシアだけでなく、日本やヨーロッパでも当時は結婚生活に伴う苦労が現代より大きかったのだろうなと感じます。みなさんもぜひこのことを念頭に物語を見てみてください!きっとより内容を理解しやすくなると思います。ではでは!

 

 文責:もも

 

【参考文献】

高橋一彦『近代ロシアの家族法―その構造と変容―』

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscfh/26/0/26_118/_pdf/-char/ja

佐藤雄亮『前期レフ・トルストイの生活と創作―「内なる女性像」から生じた問題とその解決を中心にー』

file:///C:/Users/bhoom/Downloads/Honbun-7246.pdf

『西洋結婚史』 http://www.town1.jp/dousuru/kankon/seiyou/seiyou1.htm

 

 

◆コンツェルト本公演「生ける屍」について◆
ロシア語劇団コンツェルトは創立50周年を迎える歴史ある演劇サークルで、早稲田大学東京外国語大学お茶の水女子大学等様々な大学の学生が集まって構成されています。普段は早稲田大学戸山キャンパスで週2,3回のペースでお稽古をしているそうです。

記念すべき50回目の今年の本公演ではトルストイ原作『生ける屍 «Живой Труп»』を上演されます。ぜひあなたも足を運んで、ロシア語劇の魅力を堪能してくださいね!(席数の残りわずかだそうですので、お早めに!)

●日程:12月25日(金)〜27日(日)

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