東京外国語大学ロシアサークルЛЮБОВЬ(リュボーフィ)のブログ

「未知なる魅惑の国」であるロシアならではの文化から、留学や旅行のこと、東京外国語大学でのキャンパスライフのことまで。このブログでは、東京外国語大学のロシアが大好きな学生たちが様々なテーマに沿って日替わりで記事を書いていきます。ЛЮБОВЬ(リュボーフィ)とは、ロシア語で「愛」を意味します。

完全初心者向け ロシア戯曲のススメ

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東京外大ロシア語科の一年生の語学の授業では、入学したばかりの私たちがロシアの文化に馴染みやすいように、先生が様々な芸術や文学について時々紹介してくれます。

先生の話を聞いているうちに、ロシアの文化に惹かれてこの大学に入ったものの、ロシアの文学については全然知らないことに気づいた私。

よし、とりあえず有名な文学作品を片っ端から読んでみよう!

しかし、ロシア文学はおろか、昔の外国の作家が書いた本を読むのに当時の私はほとんど馴れておらず…

書店に駆け込むと、ドストエフスキートルストイ、トゥルゲーネフなど、なんだか凄そうな名前が並ぶロシア文学コーナーで「一番薄いしすぐ読めるんじゃね」という理由だけで、中を全く見ずに買ったのがロシアの作家チェーホフの書いた『かもめ』でした。

 

以下、チェーホフ『かもめ』神西清訳の引用です(青字:私の心の声)

 

第一幕

ソーリン家の領地内の廃園の一部。広い並木道が、観客席から庭の奥のほうへ走って、湖に通じているのだが、家庭劇のため急設された仮舞台にふさがれて、湖はまったく見えない。仮舞台の左右に灌木かんぼくの茂み。椅子いすが数脚、小テーブルが一つ。

 

(…ん、なんか演劇の話かな)

 

日がいま沈んだばかり。幕のおりている仮舞台の上には、ヤーコフほか下男たちがいて、咳せきばらいや槌つち音が聞える。散歩がえりのマーシャとメドヴェージェンコ、左手から登場。 

 

(…幕のおりている仮舞台?マーシャとメドヴェージェンコ左手から登場?)

 

メドヴェージェンコ「あなたは、いつ見ても黒い服ですね。どういうわけです?」

マーシャ「わが人生の喪服なの。あたし、不仕合せな女ですもの。」

メドヴェージェンコ「なぜです? (考えこんで)わからんですなあ。(略)」

 

(…おお、セリフ形式? しかも「わが人生の喪服」って何…。)

 

青空文庫で全文読むことができます(若干文体が古いですが)

アントン・チェーホフ「かもめ」神西清

https://www.aozora.gr.jp/cards/001155/files/51860_41507.html

 

おそらく演劇をやっている人や文学に明るい人にとっては、この心の声が全く共感できない、というか「戯曲も読んだことねえのかよ」って感じだと思うのですが。

 

チェーホフ『かもめ』は、このような文体でずっと綴られていきます。これが戯曲です。当時の私は、一般的な小説のスタイルと全然違うことに異物感のようなものを感じてしまい、初め10ページあたりで何かを悟ると、スッと本を閉じました。(次に本を開いたのは2年後。)

 

こんな浅学な私ですが、3年生になった今ではロシア文学のゼミに所属するくらいには、いくつか作品を読んでいます。

そして今回、ロシア語劇団コンツェルトさんがロシアの文豪レフ・トルストイ原作の『生ける屍』という作品(これも戯曲!)を上演されるということで、これを機に「戯曲とはなんぞや問題」を解決しようと決意しました。

 

「戯曲」と聞いて実はいまいちピンときていない皆さん、ここで一緒にロシアの作家たちが残した作品を例に、戯曲について見てみましょう!

 

戯曲と小説、何が違うの?

どちらも文学の中のジャンルの一つであることには変わりないのですが、異なる特徴がいくつかあるようです。

 

辞書の定義ではこうあります。

小説:作者の構想を通じて、人物や事件、人間社会を描き出そうとする、話の筋をもった散文体の作品。

戯曲:演劇の脚本・台本。人物の会話や独白、ト書きなどを通じて物語を展開する。また、そのような形式で書かれた文学作品。

 

なるほど、わからん。ト書きってなんやねん。

 

もっと噛み砕いて言うと、小説は「会話文」「地の文」(会話以外の説明や叙述の文)で構成されます。散文というのは私たちが普段使っているごく普通の文章のことで、一方で詩や俳句などの言葉のリズムがある文章を韻文といいます。

 

一方、戯曲は、演劇として演じられることを前提に(←ここが重要)登場人物による「セリフ」と登場人物の所作や舞台装置の動き(音響、照明なども含む)を事務的に記した「ト書き」で構成されます。

作家の腕の見せどころでもある状況説明や心理描写は、小説の場合は地の文でなされることが多いですが、戯曲では基本的にセリフト書きによってやや婉曲的に表現されます。

 

ほうほう… だから戯曲は、読み馴れていない人には難しいと感じがちなのかも。

 

なんとなーく、小説と戯曲の違いがわかりましたか?

 

なぜ作家が戯曲を書くの?脚本家の仕事じゃない?

先ほど、戯曲は「演劇として演じられることを前提に」書かれたものだと言いましたが、これはどういう意味でしょう?

 

チェーホフは言わずと知れた超有名なロシアの劇作家で、『かもめ』の他に『桜の園』『ワーニャおじさん』『三人姉妹』など数々の作品を残しています。

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出典:https://meigenkakugen.net/アントン・チェーホフ/

彼の作品は、最近の映画やドラマによくあるような、大きな事件が連発するといった波乱万丈な展開はあまり見られませんが、個人の内面を静かにじっくりえぐっていくような言葉の選びがとても魅力的です。

日本でもしばしば彼の戯曲をもとにした舞台が上演されているので、演劇が好きな方はチェーホフの名前は知っているんじゃないでしょうか?

 

実は有名なロシアの文豪の中でも、小説だけでなく戯曲を残した作家はたくさんいます。

例)ゴーゴリ『検察官』、トゥルゲーネフ『村のひと月』、ゴーリキーどん底』、トルストイ『生ける屍』など

とくにロシアでは古くから演劇が人々の間で親しまれていたという背景もあり、戯曲は演劇と切って離せないものでありながら、文学全般との親和性も非常に高いんですね。

 

これは私の推測ですが、戯曲には、作家自身がこの話を舞台上で見てみたいと思って自主的に書くパターンと、演出家や舞台監督など第三者が腕利きの作家に頼んで書いてもらうパターンがあるのではないかと思います。たぶん。

いずれにせよ、作家は常に舞台上での見え方を想像しながら書いているので、演劇ならではいくらかの制約があります。 (まあ、実際に舞台化する場合に、演出家さんがどこまで原作のト書きを忠実に再現するかはその時々によるのかなと思いますが。)

 

そりゃそうか… 戯曲に「右手よりマーシャ空を飛んで登場」とか書かれてるわけないよなあ。

 

ちなみに、戯曲というとシェークスピアなどちょっと古いイメージがあるかもしれませんが、実は今でも戯曲を書く「劇作家」という職業があります。一般的な小説を書く小説家やドラマや映画の脚本を書く脚本家と兼ねている人も多くいます。

 

映画やドラマの脚本と戯曲の違いは厳密に定義されている訳ではありませんが、戯曲は脚本・台本に比べて文学性が高く、芸術的に独立したジャンルと言えるそうです。(戯曲とは - コトバンクより)

これはおそらく純文学と大衆文学の違いのようなものでしょうかね。

 

戯曲をただ読むだけって面白いの?

さあ戯曲を読んでみようと手にとっても、「左手から〇〇登場」「幕が降りる」なんて書かれていても、役者でもなければ演出家でもない自分がこれを読んでいいのか…という小さな葛藤に駆られます。

 

答えは正直わかりません。私も初めは演劇をやってる人ならきっと面白いんだろうな〜と感じながら読んでいました。

なんていうとこの記事の意義がなくなりそうですが、私なりにいい方法を見つけたのでここで紹介しようと思います。

 

それは、演じている役者になったつもりで声に出して読むということです。

 

えぇ… 恥ずかしい。

 

でも、そもそも戯曲は演劇になることを前提に作られているので、登場人物の喜怒哀楽がセリフの中ににふんだんに現れている上に、セリフの一つ一つの言葉のリズムも基本的にすごく整っているんです。

確かにちょっと恥ずかしいですが、声に出して朗読することで、紙の中の言葉が生き生きとしてくる気がします。めちゃおすすめです。(私は一人で登場人物全員を兼役してブツブツ喋りながら読んでいるので、あなたもきっと大丈夫です。なにが。)

 

また、演劇は見ているお客さんに楽しんでもらわなくては、継続して上演していくことができません。ですから、今でも書店で売られている戯曲はどれも多くの人に長年愛された名作揃いなんですね!

本を読むのは好きだけど戯曲はなんとなく遠ざけていた皆さん、偉大なる劇作家が書いた戯曲の名作を数百円で買えるってけっこうすごいことだと思いませんか? 思ってください。

 

もちろん、読んだ戯曲の実際の演劇を見るのもおすすめです。(番宣の無理矢理感!)

全編ロシア語での演劇に挑戦されているロシア語劇団コンツェルトさんが、今年12月にトルストイ『生ける屍』を上演されます。外国作品の演劇はもちろん翻訳版もいいのですが、オリジナルの言語だからこそ表現できる奥深さもあるのではないかと思います。席の予約はすでに始まっていますので、観劇したい方はお早めに!

 

それでは、ここまでお読みくださってありがとうございました。

ぜひあなたも、ロシアの作品に限らずとも、作家たちの残した戯曲の世界を堪能してみてくださいね!

 

文責:りお

 

*今日のロシア語*

пьеса(ピイェーサ)

 意味:戯曲

 

【参考文献】

沼野充義、望月哲男、池田嘉郎編『ロシア文化辞典』丸善出版株式会社.

・井上優「今日、戯曲を読むとは?」明治大学(最終アクセス2020/11/23)

https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/dspace/bitstream/10291/18820/1/bungeikenkyu_132_29.pdf

・戯曲を読む会ネットワーク 戯曲について。(最終アクセス2020/11/23)

https://gikyoku.club/about-play/

 

◆コンツェルト本公演「生ける屍」について◆
ロシア語劇団コンツェルトは創立50周年を迎える歴史ある演劇サークルで、早稲田大学東京外国語大学お茶の水女子大学等様々な大学の学生が集まって構成されています。普段は早稲田大学戸山キャンパスで週2,3回のペースでお稽古をしているそうです。

記念すべき50回目の今年の本公演ではトルストイ原作『生ける屍 «Живой Труп»』を上演されます。ぜひあなたも足を運んで、ロシア語劇の魅力を堪能してくださいね!

●日程:12月25日(金)〜27日(日)

公式HPやSNSでも日々のお稽古の様子や公演情報を掲載されています!要チェック!

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