東京外国語大学ロシアサークルЛЮБОВЬ(リュボーフィ)のブログ

「未知なる魅惑の国」であるロシアならではの文化から、留学や旅行のこと、東京外国語大学でのキャンパスライフのことまで。このブログでは、東京外国語大学のロシアが大好きな学生たちが様々なテーマに沿って日替わりで記事を書いていきます。ЛЮБОВЬ(リュボーフィ)とは、ロシア語で「愛」を意味します。

世界史選択必見!ロシア帝国の運命を変えた一冊『猟人日記』

Здравствуйте! (ズドラーストヴィチェ/こんにちは)

東京外大ロシア語専攻3年のしおりです!

 

最近やっと涼しくなってきましたね。やっと秋らしくなってきたというか…。

さて、秋といえば読書ですよね!読書といえばロシア文学ですよね!!(圧)笑。

ロシア文学って日本でも割と有名ですよね。『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』のドストエフスキー、『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』のトルストイ、『桜の園』『三人姉妹』のチェーホフなどなど……読んだことがあるかは別ですが 笑。今週のロシア文学週間、たぶんちゃんと文学系の話が続くと思うので(知らんけど)、今回はロシア史の話多めで行きます!ごーいんぐ まい うぇいっ!!

 

今回私が取り上げるのはトゥルゲーネフ(ツルゲーネフの著作です。『父と子』が有名ですが、それは誰かがまた別の機会に紹介してくれることでしょう。ご紹介したいのは猟人日記という、ロシアの農村の民衆の生活を描いた作品です。……知らんがなって読者の皆さんの心の声が聞こえた気がします。日本ではマイナータイトルかもしれませんが、実はこの作品、ロシア史的に超重要なんです。というのは、アレクサンドル二世は、この作品を読んで農奴解放令を出すことを決意したといわれているのです。

 

農奴解放令とは?

農奴解放令というのは1861年にアレクサンドル二世によって出された、農奴の人格的自由を認める法令です。超簡単に言うとロシア版奴隷解放、というところですかね。

 

この法令の背景には、ロシアがクリミア戦争(1853~1856日本にペリーが来航したころの出来事です)に大敗したことがあげられます。この戦争はロシア帝国のニコライ一世が、オスマン帝国イスラーム)内のギリシャ正教徒の保護を理由に開戦しました。表向きは信徒の保護ですが、裏には別の狙いがありました。ロシアの冬はめちゃくちゃ寒いので船を出したり移動したりするのに不自由のない南方へ進出したかったのです。つまりは南下政策の一環だったわけです。そのため、ロシアの南下を止めたいキリスト教のイギリスやフランスが、異教徒であるオスマン帝国の肩を持って参戦する、という異様な戦争となりました。

近代化が進んだ英仏の攻撃をもろに受けたロシアは、クリミア半島の軍港セヴァストーポリが陥落する(1855年)など、大敗を喫することになります。(ちなみにトルストイクリミア戦争に従軍しており、その経験をもとに『セヴァストーポリ物語』を書きました。)この敗戦から近代化の遅れを感じたロシアは大改革を迫られます。その一環が農奴解放令だったというわけです。

 

なぜ近代化のために農奴解放が重要なの?という疑問を持つ方がいるかもしれません。農奴には移動の自由がありませんでした。一方近代化を行うには大量の工場労働者が必要です。つまり、近代化の担い手となる自由労働者の数が圧倒的に足りていないのを、農奴解放を行うことで補おうというわけです。しかし、農奴は貴族の所有物なので、さくっと開放することが出来るようなものでもありません。板挟みになり悩んでいた当時の皇帝アレクサンドル二世は、深刻な農奴の生活をありのままに描いた『猟人日記』を読んで腹を決めたのです。

解放の不徹底さに不満を持った農民が一揆をおこしたり、そのせいで専制の傾向に戻ってしまったりなど、一筋縄ではいきませんでしたが、それでも農奴解放令がロシア資本主義発達の出発点になったことは間違いありません。

 

猟人日記

さて、『猟人日記』の話をしましょう。この作品はある狩猟家が獲物を求めて野山をめぐる間に見聞きした農村生活を描くという形式で書かれた、25編の短編(一部は少し長めだが、基本的は短い)連作集です。短いお話が多いので、読みやすい印象でした。

 

この作品の特徴の一つは美しい自然の描写です。

「雨に濡れた林の中の様子は、日が照るか、雲にかげるかで、たえず変った。あるいは、不意に何もかも笑いにつつまれたかのように、あざやかに照らしだされて、まばらな白樺の細い樹が、急に白絹のようなやわらかい照りかえしを受け、いちめんに散りしいた小さな落葉が、とたんに錦を散らして、黄金色に燃えたつ。」 工藤精一郎訳『あいびき』より

比喩も使いつつ、鮮やかに描写されています。素敵じゃないですか?どうやったらこんなにきれいに描写出来るんですかね…。個人的に色鮮やかに風景を描写している作品が好きなんです。

もちろん農村生活の中の「人の醜い部分」も描写されています。ただ、醜い事実を誇張するというよりは、淡々と写実的に描き切っている、という感じでした。ゆえにより現実感があった気がします。

人々の生活を見るもよし。自然の美しさを味わうもよし。悩める皇帝気分で読むのも良し。様々な方面から味わうことが出来る作品だと思います。

 

日本文学への影響

猟人日記』を翻訳した工藤精一郎氏によると、民衆の生活を描いたこの作品は、日本の作家国木田独歩島崎藤村にも影響を与えたようです。ちなみに余談ですが、我らが東京外国語大学の偉大な先輩である(東京外国語学校時代の人なのでめっちゃ昔ですけど 笑)二葉亭四迷も『猟人日記』の中の一編を翻訳し、『あひゞき』というタイトルで1888年に発表しました。これはロシア文学紹介の先駆作であり、日本の言文一致の名訳とされています。二葉亭四迷バージョンも読んでみたいなぁ……

冒頭でマイナーな作品だとか言いましたが、めちゃくちゃ日本の文学に影響与えてますね 笑。

 

 

このように『猟人日記』は政治や他国の文学など、様々な方面に影響を与えています。世界史を勉強している人は「文学史ダルい…」と思いがちかもしれませんが、他の出来事とつながって、影響を与えているのを見るとわくわくしませんか?

 

みなさんも、魅惑のロシア文学の世界をのぞいてみてください!分厚くて長くて暗いイメージがあるかもしれませんが、『猟人日記』のように、実は短編も結構あるんです!私ももっといろんな作品を読んでみたいなと思っています。一緒に楽しみましょう!

 

それではまた!Пока!(パカー/またね)

 

 

文責:しおり

 

 

*今日のロシア語*

записка(ザピースカ)

 意味:日記、手記

история литературы(イストーリヤ リテラチュールィ)

 意味:文学史

 

【参考】

猟人日記』 ツルゲーネフ 工藤精一郎 訳

https://www.amazon.co.jp/猟人日記-新潮文庫-赤-18B-ツルゲーネフ/dp/4102018026

 

最新世界史図説タペストリー 帝国書院

詳説世界史 山川出版社

河合塾総合世界史