アソコに住んでた人たちのお話
Здравствуйте!(ズドゥラーストゥヴィチェ!)
こんにちは、ЛЮБОВЬウクライナ担当大臣のトモヒトです!
自粛ムードが長引いておりますが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?
僕は最近クラシック音楽にハマっています。さして多くの曲を知っている訳でもありませんが、ブラームスの交響曲第三番が個人的に一番グッときました。二番目はリストのラ・カンパネラです。
Давайте слушать классическую музыку!(クラシック音楽を聴きましょう!)
さて、今回の主役は「アソコに住んでた」彼ら!
そう、コサックダンスで有名なコサックです!
さて、コサックと言えばロシアというイメージが強いかと思われますが、実は「コサック」は元々トルコ系の言語で「群れを離れた者」を意味し、中世トルコ軍の組織された軍から勝手に離れて行動する「自由の戦士」たちのことを指しました。
(出典:『ポーランド・ウクライナ・バルト史』、伊藤孝之・井内敏夫・中井和夫編、山川出版社、1998年)
すなわち、彼らの起源はオスマン帝国やクリミア・ハン国(キプチャク・ハン国の末裔国家)のトルコ系民族です。次第に、トルコ系民族に混ざって、ポーランドやロシアなどからのスラヴ系移民がそのマジョリティーを占めるようになります。
やがて武装集団化し、周囲の国家を脅かすまでに武力と自治力を備えるようになった集団のことを、コサックと呼んでいます。
「ウクライナ」の語源に関する説のひとつに、「端っこ」を意味するロシア語 край(クラーイ)がありますが、当時のポーランドやロシアから見れば現在のウクライナ地域はまさに「辺境」でした。コサックは、国家の存在しない無主の土地(ウクライナ)を目指した者たちだったのです。
性格は豪快磊落、酒が大好きだったようです。「ポーランド・ウクライナ・バルト史」には、以下のように書かれています。
「周辺への略奪遠征が成功すると、ザポロージェのコサックたちは本営に戻って戦利品を分配し、宴会を催す。彼らは歌い、飲み、踊る。倒れるまで飲み、気が付いたらまた飲む。・・・・・・・・その宴会の際に踊られたコサックダンスは、腹ごなし兼酔い覚ましのための一種の体操としての役割をもったものだった。」
実はコサックダンスは、ウクライナの伝統舞踊だったのですね!起源も、彼らしいと言えます。
コサックを語る上で欠かしてはならないのが、1648年に勃発したコサック蜂起を指導した頭領、ボフダン・フメリニツキーです。フメリニツキーが反乱を起こした相手は、当時コサックを庇護下に置いていたポーランド・リトアニア共和国です。
フメリニツキーは協力を仰ぐためにロシアとペレヤスラフ協定を取り交わしますが、この協定を機に今度は、ロシアの支配を受けるようになっていきます。反乱の結果建設されたウクライナ初の自治国家であるヘトマン国家も、ロシアにより次第に自治権を失っていきます。
ロシア政府に対しては、頭領がイヴァン・マゼッパの時代に反乱が仕掛けられます。しかしマゼッパはロシアに敗れ、ウクライナがロシアの直轄領となることで、ウクライナのコサック時代は終わりました。
ウクライナで歴史上の人物で人気投票をすれば、フメリニツキーは間違いなく上位に食い込みます。ウクライナにおいてコサックは、心の拠り所ともいえるほど親しまれているのです。
最後に、Один в Каное(オディン・ヴ・カノーエ。Alone in canoeという意味。)というウクライナ・リヴィウ発のバンドの、“У мене немає дом”というナンバーをご紹介して終わります。
ミュージックビデオに登場する剣士はまさしく典型的コサックであり、途中で現れる石造りの巨像はコサック・ママーイといい、コサックの理想とされる人物です。手にはバンドゥーラ(ウクライナの伝統楽器)を持っています。
Один в каное - У мене немає дому - YouTube
それではコサックに乾杯!Пока!
トモヒト
*今日のロシア語*
герой(ゲローイ)
意味:英雄
самостоятельность(サマスタヤーチェリナスチ)
意味:独立